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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_1

『3.11 雄勝_1』


翌日に撤去を控えた観光バス

3/11の凄まじい津波の様子が記録されています。

【動画】石巻市雄勝町 船戸地区の津波の状況


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  1. 2012/05/14(月) 12:00:14|
  2. 雄勝 2012/03/09
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_2

『3.11 雄勝_2』


雄勝公民館 観光バス 瓦礫と廃墟

  1. 2012/05/14(月) 12:00:12|
  2. 雄勝 2012/03/09
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_3

『3.11 雄勝_3』


瓦礫の山 観光バス

水没した雄勝町の上空からの映像(2011/03/15)

【動画】大津波の被害を受けた北上川河口域と雄勝湾


  1. 2012/05/14(月) 12:00:10|
  2. 雄勝 2012/03/09
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_4

『3.11 雄勝_4』


雄勝公民館 翌日に撤去を控えた観光バス


宮城県石巻市は10日、東日本大震災から1年を前に、
津波に流されて同市雄勝町の公民館屋上に
のったままになっていた大型バスを撤去した。

バスを所有する「南三陸観光バス」によると、

バスは雄勝町内の駐車場から約500メートル流され、
高さ約10メートルの2階建て公民館の屋上に残された。

被災時、バスは無人だった。

震災後、津波の脅威を後世に伝える「モニュメント」として
バスを残す案もあったが、住民からは「見るたびに津波を思い出す」
と撤去を望む声が多く寄せられていた。

(2012年03月10日 読売新聞より)

  1. 2012/05/14(月) 12:00:08|
  2. 雄勝 2012/03/09
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_5

『3.11 雄勝_5』


船戸地区 天雄寺 観音堂


本堂が津波で流れた天雄寺は、
プレハブの仮本堂を高台に設置し再開した。

犠牲者の遺骨や、自宅を失った住民から預かった位牌(いはい)
などが所狭しと並ぶ。

(2011年12月19日 読売新聞より)


  1. 2012/05/14(月) 12:00:06|
  2. 雄勝 2012/03/09
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_6

『3.11 雄勝_6』


船戸地区 天雄寺 境内


本堂が流失した天雄寺は、高台に仮本堂を建て、
自衛隊が捜し出した本尊を収めた。

週末には地区外に引っ越した住民が訪れ、
寺に預けた位牌(いはい)に手を合わせる。

「住民の心のよりどころである寺をなくすわけにはいかない」
と、野々村大顕住職(51)は言う。

(2012年1月30日 読売新聞より)

  1. 2012/05/14(月) 12:00:04|
  2. 雄勝 2012/03/09
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_7

『3.11 雄勝_7』


船戸地区 天雄寺周辺

震災当日飾られていた雛人形がそのままに・・・。


  1. 2012/05/14(月) 12:00:02|
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3.11 石巻 雄勝 2012/03/09

3.10雄勝_8

『3.11 雄勝_8』


船戸地区


地図から消えかけた町が、被災地の片隅にある。

宮城県石巻市の中心部から車で1時間余り。

太平洋を望む半島に20の集落が点在する
雄勝(おがつ)地区(旧雄勝町)は、

硯(すずり)の特産地として知られ、
震災前は約4300人が暮らしていた。

津波は15の集落を壊滅状態にし、235人が死亡・行方不明に。

学校や病院、商店街、公共施設も軒並み流失した。

陸の孤島となった雄勝地区から住民が相次いで転居し、
人口は約1000人に激減した。

二つの集落がほぼ無人となり、
143世帯がわずか16世帯になった集落もある。

集落ごとに地区会などと呼ばれる自治組織をもつが、
そのいくつかは「もう住民は戻らない」と、
積立金を住民に分配して解散した。

(2012年1月30日 読売新聞より)

「古里 消しはしない」 記事


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