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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_1

『校庭の桜と瓦礫の山』

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  1. 2012/12/18(火) 12:00:14|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_2

『校庭の桜と瓦礫の山』

大川中学校 地図


  1. 2012/12/18(火) 12:00:12|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_3

『教室の窓から』

震災時、卒業式の為、生徒は帰宅した後でした。
他の近隣の中学校も、同じように3/11に行われたようです。

隣町の雄勝中学校も、卒業式を昼過ぎに終えたところでした。



「学習環境、悩む学校/少人数配慮、枠越え工夫」

被災校はさまざまな事情で、
前例のない児童生徒の減少に直面する。


今春、石巻市大川中が迎える新入生はわずか2人。
例年は20人前後が入学していた。

激減の背景には、同じ学区の大川小の被害がある。
津波で全校児童の7割に当たる74人が犠牲になった。

今春、同小を卒業した7人のうち5人は
転居先に近いなどの理由で、別の中学に進む。

「もう少し入ってくれればという思いはあったが、
2人が大川中を選んでくれた。その気持ちを大切にしたい」。

登嶋紀行教頭は、2人の学習環境づくりに頭を悩ます。


大川中新2年生は震災当時、大川小6年生で4人しかいない。
だが、複式学級の採用は小学校と比べハードルが高い。

学習内容がより高度になり、教える内容が
学年ごとに大きく異なるためだ。

間借りする内陸部の飯野川中との合同授業には、
登嶋教頭は消極的だ。

「大川と飯野川との生徒間で被災の経験に違いがある。
家族や友人、住まいを失った生徒の気持ちを一番に考えたい」
と説明する。

(2012年04月01日 河北新報より)

  1. 2012/12/18(火) 12:00:10|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_4

『教室の窓から』


  1. 2012/12/18(火) 12:00:08|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_5

『大川中学校 校門・校舎』


  1. 2012/12/18(火) 12:00:06|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_12

『校舎と瓦礫の山』

地震発生から約50分後に津波が
北上川河口の町を襲ったようです。

  1. 2012/12/18(火) 12:00:04|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_7

『校庭の桜と瓦礫の山』

  1. 2012/12/18(火) 12:00:02|
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石巻 大川中学校 2012/04/28

大川中_8

『校舎と窓ガラスに映った校庭の瓦礫』

  1. 2012/12/18(火) 12:00:00|
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